源氏物語「須磨」原文
13.1 須磨の嵐続く
なほ雨風やまず、雷鳴り静まらで、日ごろになりぬ。
いとどものわびしきこと、数知らず、来し方行く先、悲しき御ありさまに、心強うしもえ思しなさず、「いかにせまし。かかりとて、都に帰らむことも、まだ世に許されもなくては、人笑はれなることこそまさらめ。
なほ、これより深き山を求めてや、あと絶えなまし」と思すにも、
「波風に騒がれてなど、人の言ひ伝へむこと、後の世まで、いと軽々しき名や流し果てむ」
と思し乱る。
夢にも、ただ同じさまなる物のみ来つつ、まつはしきこゆと見たまふ。
雲間なくて、明け暮るる日数に添へて、京の方もいとどおぼつかなく、「かくながら身をはふらかしつるにや」と、心細う思せど、頭さし出づべくもあらぬ空の乱れに、出で立ち参る人もなし。
二条院よりぞ、あながちにあやしき姿にて、そほち参れる。道かひにてだに、人か何ぞとだに御覧じわくべくもあらず、まづ追ひ払ひつべき賤の男の、むつましうあはれに思さるるも、我ながらかたじけなく、屈しにける心のほど思ひ知らる。御文に、
「あさましくを止みなきころのけしきに、いとど空さへ閉づる心地して、眺めやる方なくなむ。浦風やいかに吹くらむ思ひやる袖うち濡らし波間なきころ」
あはれに悲しきことども書き集めたまへり。いとど汀みぎわまさりぬべく、かきくらす心地したまふ。
「京にも、この雨風、あやしき物のさとしなりとて、仁王会など行はるべしとなむ聞こえはべりし。内裏に参りたまふ上達部なども、すべて道閉ぢて、政事も絶えてなむはべる」
など、はかばかしうもあらず、かたくなしう語りなせど、京の方のことと思せばいぶかしうて、御前に召し出でて、問はせたまふ。
「ただ、例の雨のを止みなく降りて、風は時々吹き出でて、日ごろになりはべるを、例ならぬことに驚きはべるなり。いとかく、地の底徹るばかりの氷降り、雷の静まらぬことははべらざりき」
など、いみじきさまに驚き懼ぢてをる顔のいとからきにも、心細さまさりける。
13.2 光る源氏の祈り
「かくしつつ世は尽きぬべきにや」
と思さるるに、そのまたの日の暁より、風いみじう吹き、潮高う満ちて、波の音荒きこと、巌も山も残るまじきけしきなり。
雷の鳴りひらめくさま、さらに言はむ方なくて、「落ちかかりぬ」とおぼゆるに、ある限りさかしき人なし。
「我はいかなる罪を犯して、かく悲しき目を見るらむ。父母にもあひ見ず、かなしき妻子の顔をも見で、死ぬべきこと」
と嘆く。
君は御心を静めて、
「何ばかりのあやまちにてか、この渚に命をば極めむ」
と、強う思しなせど、いともの騒がしければ、色々の幣帛みてぐらささげさせたまひて、
「住吉の神、近き境を鎮め守りたまふ。まことに迹を垂れたまふ神ならば、助けたまへ」
と、多くの大願を立てたまふ。
おのおのみづからの命をば、さるものにて、かかる御身のまたなき例に沈みたまひぬべきことのいみじう悲しき、心を起こして、すこしものおぼゆる限りは、「身に代へてこの御身一つを救ひたてまつらむ」と、とよみて、諸声に仏、神を念じたてまつる。
「帝王の深き宮に養はれたまひて、いろいろの楽しみにおごりたまひしかど、深き御慈しみ、大八洲にあまねく、沈める輩をこそ多く浮かべたまひしか。今、何の報いにか、ここら横様なる波風には溺ほれたまはむ。天地、ことわりたまへ。
罪なくて罪に当たり、官、位を取られ、家を離れ、境を去りて、明け暮れ安き空なく、嘆きたまふに、かく悲しき目をさへ見、命尽きなむとするは、前の世の報いか、この世の犯しか、神、仏、明らかにましまさば、この愁へやすめたまへ」
と、御社の方に向きて、さまざまの願を立てたまふ。
また、海の中の龍王、よろづの神たちに願を立てさせたまふに、いよいよ鳴りとどろきて、おはしますに続きたる廊に落ちかかりぬ。
炎燃え上がりて、廊は焼けぬ。
心魂なくて、ある限り惑ふ。後の方なる大炊殿おおひどのとおぼしき屋に移したてまつりて、上下となく立ち込みて、いとらうがはしく泣きとよむ声、雷にも劣らず。
空は墨をすりたるやうにて、日も暮れにけり。
13.3 嵐収まる
やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の光も見ゆるに、この御座所のいとめづらかなるも、いとかたじけなくて、寝殿に返し移したてまつらむとするに、
「焼け残りたる方も疎ましげに、そこらの人の踏みとどろかし惑へるに、御簾などもみな吹き散らしてけり」
「夜を明してこそは」
とたどりあへるに、君は御念誦したまひて、思しめぐらすに、いと心あわたたし。
月さし出でて、潮の近く満ち来ける跡もあらはに、名残なほ寄せ返る波荒きを、柴の戸押し開けて、眺めおはします。近き世界に、ものの心を知り、来し方行く先のことうちおぼえ、とやかくやとはかばかしう悟る人もなし。あやしき海人どもなどの、貴き人おはする所とて、集り参りて、聞きも知りたまはぬことどもをさへづりあへるも、いとめづらかなれど、え追ひも払はず。
「この風、今しばし止まざらましかば、潮上りて残る所なからまし。神の助けおろかならざりけり」
と言ふを聞きたまふも、いと心細しといへばおろかなり。
「海にます神の助けにかからずは潮の八百会やおあいにさすらへなまし」
ひねもすにいりもみつる雷かみの騷ぎに、 さこそいへ、いたう困こうじたまひにければ、心にもあらずうちまどろみたまふ。かたじけなき御座所なれば、ただ寄りゐたまへるに、故院、ただおはしまししさまながら立ちたまひて、
「など、かくあやしき所にものするぞ」
とて、御手を取りて引き立てたまふ。
「住吉の神の導きたまふままには、はや舟出して、この浦を去りね」
とのたまはす。いとうれしくて、
「かしこき御影に別れたてまつりにしこなた、さまざま悲しきことのみ多くはべれば、今はこの渚に身をや捨てはべりなまし」
と聞こえたまへば、
「いとあるまじきこと。これは、ただいささかなる物の報いなり。我は、位に在りし時、あやまつことなかりしかど、おのづから犯しありければ、その罪を終ふるほど暇なくて、この世を顧みざりつれど、いみじき愁へに沈むを見るに、堪へがたくて、海に入り、渚に上り、いたく困じにたれど、かかるついでに内裏に奏すべきことのあるによりなむ、急ぎ上りぬる」
とて、立ち去りたまひぬ。
飽かず悲しくて、「御供に参りなむ」と泣き入りたまひて、見上げたまへれば、人もなく、月の顔のみきらきらとして、夢の心地もせず、御けはひ止まれる心地して、空の雲あはれにたなびけり。
年ごろ、夢のうちにも見たてまつらで、恋しうおぼつかなき御さまを、ほのかなれど、さだかに見たてまつりつるのみ、面影におぼえたまひて、
「我がかく悲しびを極め、命尽きなむとしつるを、助けに翔りたまへる」
と、あはれに思すに、
「よくぞかかる騷ぎもありける」
と、名残頼もしう、うれしうおぼえたまふこと、限りなし。
胸つとふたがりて、なかなかなる御心惑ひに、うつつの悲しきこともうち忘れ、
「夢にも御応へを今すこし聞こえずなりぬること」
といぶせさに、
「またや見えたまふ」と、ことさらに寝入りたまへど、さらに御目も合はで、暁方になりにけり。
13.4 明石入道の迎えの舟
渚に小さやかなる舟寄せて、人二、三人ばかり、この旅の御宿りをさして参る。何人ならむと問へば、
「明石の浦より、前の守新発意かみしぼちの、御舟装ひて参れるなり。源少納言、さぶらひたまはば、対面してことの心とり申さむ」
と言ふ。良清、おどろきて、
「入道は、かの国の得意にて、年ごろあひ語らひはべりつれど、私に、いささかあひ恨むることはべりて、ことなる消息をだに通はさで、久しうなりはべりぬるを、波の紛れに、いかなることかあらむ」
と、おぼめく。君の、御夢なども思し合はすることもありて、
「はや会へ」
とのたまへば、舟に行きて会ひたり。「さばかり激しかりつる波風に、いつの間にか舟出しつらむ」と、心得がたく思へり。
「去ぬる朔日の日、夢にさま異なるものの告げ知らすることはべりしかば、信じがたきことと思うたまへしかど、『十三日にあらたなるしるし見せむ。舟装ひまうけて、かならず、雨風止まば、この浦にを寄せよ』
と、かねて示すことのはべりしかば、試みに舟の装ひをまうけて待ちはべりしに、いかめしき雨、風、雷のおどろかしはべりつれば、人の朝廷にも、夢を信じて国を助くるたぐひ多うはべりけるを、用ゐさせたまはぬまでも、このいましめの日を過ぐさず、このよしを告げ申しはべらむとて、舟出だしはべりつるに、あやしき風細う吹きて、この浦に着きはべること、まことに神のしるべ違はずなむ。ここにも、もししろしめすことやはべりつらむ、とてなむ。いと憚り多くはべれど、このよし、申したまへ」
と言ふ。
良清、忍びやかに伝へ申す。
君、思しまはすに、夢うつつさまざま静かならず、さとしのやうなることどもを、来し方行く末思し合はせて、
「世の人の聞き伝へむ後のそしりもやすからざるべきを憚りて、まことの神の助けにもあらむを、背くものならば、またこれよりまさりて、人笑はれなる目をや見む。うつつざまの人の心だになほ苦し。はかなきことをもつつみて、我より齢まさり、もしは位高く、時世の寄せ今一際まさる人には、なびき従ひて、その心むけをたどるべきものなりけり。退きて咎なしとこそ、昔、さかしき人も言ひ置きけれ。げに、かく命を極め、世にまたなき目の限りを見尽くしつ。さらに後のあとの名をはぶくとても、たけきこともあらじ。夢の中にも父帝の御教へありつれば、また何ごとか疑はむ」
と思して、御返りのたまふ。
「知らぬ世界に、めづらしき愁への限り見つれど、都の方よりとて、言問ひおこする人もなし。ただ行方なき空の月日の光ばかりを、故郷の友と眺めはべるに、うれしき釣舟をなむ。かの浦に、静やかに隠ろふべき隈はべりなむや」
とのたまふ。
限りなくよろこび、かしこまり申す。
「ともあれ、かくもあれ、夜の明け果てぬ先に御舟にたてまつれ」
とて、例の親しき限り、四、五人ばかりして、たてまつりぬ。
例の風出で来て、飛ぶやうに明石に着きたまひぬ。ただはひ渡るほどに片時の間といへど、なほあやしきまで見ゆる風の心なり。
13.5 明石入道の浜の館
浜のさま、げにいと心ことなり。人しげう見ゆるのみなむ、御願ひに背きける。
入道の領占めたる所々、海のつらにも山隠れにも、時々につけて、興をさかすべき渚の苫屋、行なひをして後の世のことを思ひ澄ましつべき山水のつらに、いかめしき堂を建てて三昧を行なひ、この世のまうけに、秋の田の実を刈り収め、残りの齢積むべき稲の倉町どもなど、折々、所につけたる見どころありてし集めたり。
高潮に怖ぢて、このころ、娘などは岡辺の宿に移して住ませければ、この浜の館に心やすくおはします。
舟より御車にたてまつり移るほど、日やうやうさし上がりて、ほのかに見たてまつるより、老忘れ、齢延ぶる心地して、笑みさかえて、まづ住吉の神を、かつがつ拝みたてまつる。月日の光を手に得たてまつりたる心地して、いとなみ仕うまつること、ことわりなり。
所のさまをばさらにも言はず、作りなしたる心ばへ、木立、立石、前栽などのありさま、えも言はぬ入江の水など、絵に描かば、心のいたり少なからむ絵師は描き及ぶまじと見ゆ。月ごろの御住まひよりは、こよなくあきらかに、なつかしき。御しつらひなど、えならずして、住まひけるさまなど、げに都のやむごとなき所々に異ならず、艶にまばゆきさまは、まさりざまにぞ見ゆる。
13.6 京への手紙
すこし御心静まりては、京の御文ども聞こえたまふ。参れりし使は、今は、
「いみじき道に出で立ちて悲しき目を見る」
と泣き沈みて、あの須磨に留まりたるを召して、身にあまれる物ども多くたまひて遣はす。むつましき御祈りの師ども、さるべき所々には、このほどの御ありさま、詳しく言ひ遣はすべし。
入道の宮ばかりには、めづらかにてよみがへるさまなど聞こえたまふ。二条院のあはれなりしほどの御返りは、書きもやりたまはず、うち置きうち置き、おしのごひつつ聞こえたまふ御けしき、なほことなり。
「返す返すいみじき目の限りを尽くし果てつるありさまなれば、今はと世を思ひ離るる心のみまさりはべれど、『鏡を見ても』とのたまひし面影の離るる世なきを、かくおぼつかなながらやと、ここら悲しきさまざまのうれはしさは、さしおかれて、遥かにも思ひやるかな知らざりし浦よりをちに浦伝ひして夢のうちなる心地のみして、覚め果てぬほど、いかにひがこと多からむ」
と、げに、そこはかとなく書き乱りたまへるしもぞ、いと見まほしき側目なるを、
「いとこよなき御心ざしのほど」
と、人びと見たてまつる。
おのおの、故郷に心細げなる言伝てすべかめり。
を止みなかりし空のけしき、名残なく澄みわたりて、漁する海人ども誇らしげなり。
須磨はいと心細く、海人の岩屋もまれなりしを、人しげき厭ひはしたまひしかど、ここはまた、さまことにあはれなること多くて、よろづに思し慰まる。
13.7 明石の入道とその娘
明石の入道、行なひ勤めたるさま、いみじう思ひ澄ましたるを、ただこの娘一人をもてわづらひたるけしき、いとかたはらいたきまで、時々漏らし愁へきこゆ。御心地にも、をかしと聞きおきたまひし人なれば、「かくおぼえなくてめぐりおはしたるも、さるべき契りあるにや」と思しながら、「なほ、かう身を沈めたるほどは、行なひより他のことは思はじ。都の人も、ただなるよりは、言ひしに違ふと思さむも、心恥づかしう」思さるれば、けしきだちたまふことなし。ことに触れて、「心ばせ、ありさま、なべてならずもありけるかな」と、ゆかしう思されぬにしもあらず。
ここにはかしこまりて、みづからもをさをさ参らず、もの隔たりたる下の屋にさぶらふ。さるは、明け暮れ見たてまつらまほしう、飽かず思ひきこえて、「思ふ心を叶へむ」と、仏、神をいよいよ念じたてまつる。
年は六十ばかりになりたれど、いときよげにあらまほしう、行なひさらぼひて、人のほどのあてはかなればにやあらむ、うちひがみほれぼれしきことはあれど、いにしへのことをも知りて、ものきたなからず、よしづきたることも交れれば、昔物語などせさせて聞きたまふに、すこしつれづれの紛れなり。
年ごろ、公私御暇なくて、さしも聞き置きたまはぬ世の古事どもくづし出でて、
「かかる所をも人をも、見ざらましかば、さうざうしくや」とまで、興ありと思すことも交る。
かうは馴れきこゆれど、いと気高う心恥づかしき御ありさまに、さこそ言ひしか、つつましうなりて、わが思ふことは心のままにもえうち出できこえぬを、「心もとなう、口惜し」と、母君と言ひ合はせて嘆く。
正身は、
「おしなべての人だに、めやすきは見えぬ世界に、世にはかかる人もおはしけり」と見たてまつりしにつけて、身のほど知られて、いと遥かにぞ思ひきこえける。親たちのかく思ひあつかふを聞くにも、
「似げなきことかな」
と思ふに、ただなるよりはものあはれなり。
13.8 夏四月となる
四月になりぬ。更衣ころもがえの御装束、御帳ちょうの帷子かたびらなど、よしあるさまにし出でつつ、よろづに仕うまつりいとなむを、「いとほしう、すずろなり」と思せど、人ざまのあくまで思ひ上がりたるさまのあてなるに、思しゆるして見たまふ。
京よりも、うちしきりたる御とぶらひども、たゆみなく多かり。のどやかなる夕月夜に、海の上曇りなく見えわたれるも、住み馴れたまひし故郷の池水、思ひまがへられたまふに、言はむかたなく恋しきこと、何方となく行方なき心地したまひて、ただ目の前に見やらるるは、淡路島なりけり。
「あはと、遥かに」
などのたまひて、
「あはと見る淡路の島のあはれさへ残るくまなく澄める夜の月」
久しう手触れたまはぬ琴を、袋より取り出でたまひて、はかなくかき鳴らしたまへる御さまを、見たてまつる人もやすからず、あはれに悲しう思ひあへり。
「広陵」といふ手を、ある限り弾きすましたまへるに、かの岡辺の家も、松の響き波の音に合ひて、心ばせある若人は身にしみて思ふべかめり。何とも聞きわくまじきこのもかのものしはふる人どもも、すずろはしくて、浜風をひきありく。
13.6 京への手紙
すこし御心静まりては、京の御文ども聞こえたまふ。参れりし使は、今は、
「いみじき道に出で立ちて悲しき目を見る」
と泣き沈みて、あの須磨に留まりたるを召して、身にあまれる物ども多くたまひて遣はす。
むつましき御祈りの師ども、さるべき所々には、このほどの御ありさま、詳しく言ひ遣はすべし。
入道の宮ばかりには、めづらかにてよみがへるさまなど聞こえたまふ。二条院のあはれなりしほどの御返りは、書きもやりたまはず、うち置きうち置き、おしのごひつつ聞こえたまふ御けしき、なほことなり。
「返す返すいみじき目の限りを尽くし果てつるありさまなれば、今はと世を思ひ離るる心のみまさりはべれど、『鏡を見ても』とのたまひし面影の離るる世なきを、かくおぼつかなながらやと、ここら悲しきさまざまのうれはしさは、さしおかれて、遥かにも思ひやるかな知らざりし浦よりをちに浦伝ひして夢のうちなる心地のみして、覚め果てぬほど、いかにひがこと多からむ」
と、げに、そこはかとなく書き乱りたまへるしもぞ、いと見まほしき側目なるを、
「いとこよなき御心ざしのほど」
と、人びと見たてまつる。
おのおの、故郷に心細げなる言伝てすべかめり。
を止みなかりし空のけしき、名残なく澄みわたりて、漁する海人ども誇らしげなり。
須磨はいと心細く、海人の岩屋もまれなりしを、人しげき厭ひはしたまひしかど、ここはまた、さまことにあはれなること多くて、よろづに思し慰まる。
13.7 明石の入道とその娘
明石の入道、行なひ勤めたるさま、いみじう思ひ澄ましたるを、ただこの娘一人をもてわづらひたるけしき、いとかたはらいたきまで、時々漏らし愁へきこゆ。
御心地にも、をかしと聞きおきたまひし人なれば、
「かくおぼえなくてめぐりおはしたるも、さるべき契りあるにや」
と思しながら、
「なほ、かう身を沈めたるほどは、行なひより他のことは思はじ。都の人も、ただなるよりは、言ひしに違ふと思さむも、心恥づかしう」
思さるれば、けしきだちたまふことなし。
ことに触れて、
「心ばせ、ありさま、なべてならずもありけるかな」
と、ゆかしう思されぬにしもあらず。
ここにはかしこまりて、みづからもをさをさ参らず、もの隔たりたる下の屋にさぶらふ。
さるは、明け暮れ見たてまつらまほしう、飽かず思ひきこえて、
「思ふ心を叶へむ」
と、仏、神をいよいよ念じたてまつる。
年は六十ばかりになりたれど、いときよげにあらまほしう、行なひさらぼひて、人のほどのあてはかなればにやあらむ、うちひがみほれぼれしきことはあれど、いにしへのことをも知りて、ものきたなからず、よしづきたることも交れれば、昔物語などせさせて聞きたまふに、すこしつれづれの紛れなり。
年ごろ、公私御暇なくて、さしも聞き置きたまはぬ世の古事どもくづし出でて、
「かかる所をも人をも、見ざらましかば、さうざうしくや」とまで、興ありと思すことも交る。
かうは馴れきこゆれど、いと気高う心恥づかしき御ありさまに、さこそ言ひしか、つつましうなりて、わが思ふことは心のままにもえうち出できこえぬを、
「心もとなう、口惜し」
と、母君と言ひ合はせて嘆く。
正身は、
「おしなべての人だに、めやすきは見えぬ世界に、世にはかかる人もおはしけり」
と見たてまつりしにつけて、身のほど知られて、いと遥かにぞ思ひきこえける。親たちのかく思ひあつかふを聞くにも、
「似げなきことかな」
と思ふに、ただなるよりはものあはれなり。
13.8 夏四月となる
四月になりぬ。更衣ころもがえの御装束、御帳ちょうの帷子かたびらなど、よしあるさまにし出でつつ、よろづに仕うまつりいとなむを、
「いとほしう、すずろなり」
と思せど、人ざまのあくまで思ひ上がりたるさまのあてなるに、思しゆるして見たまふ。
京よりも、うちしきりたる御とぶらひども、たゆみなく多かり。のどやかなる夕月夜に、海の上曇りなく見えわたれるも、住み馴れたまひし故郷の池水、思ひまがへられたまふに、言はむかたなく恋しきこと、何方となく行方なき心地したまひて、ただ目の前に見やらるるは、淡路島なりけり。
「あはと、遥かに」
などのたまひて、
「あはと見る淡路の島のあはれさへ残るくまなく澄める夜の月」
久しう手触れたまはぬ琴を、袋より取り出でたまひて、はかなくかき鳴らしたまへる御さまを、見たてまつる人もやすからず、あはれに悲しう思ひあへり。
「広陵」といふ手を、ある限り弾きすましたまへるに、かの岡辺の家も、松の響き波の音に合ひて、心ばせある若人は身にしみて思ふべかめり。
何とも聞きわくまじきこのもかのものしはふる人どもも、すずろはしくて、浜風をひきありく。
13.9 源氏、入道と琴を合奏
入道もえ堪へで、供養法くようほうたゆみて、急ぎ参れり。
「さらに、背きにし世の中も取り返し思ひ出でぬべくはべり。後の世に願ひはべる所のありさまも、思うたまへやらるる夜の、さまかな」
と泣く泣く、めできこゆ。
わが御心にも、折々の御遊び、その人かの人の琴笛、もしは声の出でしさまに、時々につけて、世にめでられたまひしありさま、帝よりはじめたてまつりて、もてかしづきあがめたてまつりたまひしを、人の上もわが御身のありさまも、思し出でられて、夢の心地したまふままに、 かき鳴らしたまへる声も、心すごく聞こゆ。
古人は涙もとどめあへず、岡辺に、琵琶、箏しょうの琴取りにやりて、入道、琵琶の法師になりて、いとをかしう珍しき手一つ二つ弾きたり。
箏の御琴参りたれば、少し弾きたまふも、さまざまいみじうのみ思ひきこえたり。
いと、さしも聞こえぬ物の音だに、折からこそはまさるものなるを、はるばると物のとどこほりなき海づらなるに、なかなか、春秋の花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう茂れる蔭ども、なまめかしきに、水鶏くいなのうちたたきたるは、「誰が門さして」と、あはれにおぼゆ。
音もいと二なう出づる琴どもを、いとなつかしう弾き鳴らしたるも、御心とまりて、
「これは、女のなつかしきさまにてしどけなう弾きたるこそ、をかしけれ」
と、おほかたにのたまふを、入道はあいなくうち笑みて、
「あそばすよりなつかしきさまなるは、いづこのかはべらむ。なにがし、延喜の御手より弾き伝へたること、四代になむなりはべりぬるを、かうつたなき身にて、この世のことは捨て忘れはべりぬるを、もののせちにいぶせき折々は、かき鳴らしはべりしを、あやしう、まねぶ者のはべるこそ、自然にかの先大王の御手に通ひてはべれ。山伏のひが耳に、松風を聞きわたしはべるにやあらむ。いかで、これも忍びて聞こしめさせてしがな」
と聞こゆるままに、うちわななきて、涙落とすべかめり。
君、
「琴を琴とも聞きたまふまじかりけるあたりに、ねたきわざかな」
とて、押しやりたまふに、
「あやしう、昔より箏は、女なむ弾き取るものなりける。嵯峨の御伝へにて、女五の宮、さる世の中の上手にものしたまひけるを、その御筋にて、取り立てて伝ふる人なし。すべて、ただ今世に名を取れる人びと、掻き撫での心やりばかりにのみあるを、ここにかう弾きこめたまへりける、いと興ありけることかな。いかでかは、聞くべき」
とのたまふ。
「聞こしめさむには、何の憚りかはべらむ。御前に召しても。商人の中にてだにこそ、古琴聞きはやす人は、はべりけれ。琵琶なむ、まことの音を弾きしづむる人、いにしへも難うはべりしを、をさをさとどこほることなうなつかしき手など、筋ことになむ。いかでたどるにかはべらむ。荒き波の声に交るは、悲しくも思うたまへられながら、かき積むるもの嘆かしさ、紛るる折々もはべり」
など好きゐたれば、をかしと思して、箏の琴取り替へて賜はせたり。
げに、いとすぐしてかい弾きたり。今の世に聞こえぬ筋弾きつけて、手づかひいといたう唐めき、ゆの音深う澄ましたり。
「伊勢の海」ならねど、「清き渚に貝や拾はむ」など、声よき人に歌はせて、我も時々拍子とりて、声うち添へたまふを、琴弾きさしつつ、めできこゆ。
御くだものなど、めづらしきさまにて参らせ、人びとに酒強ひそしなどして、おのづからもの忘れしぬべき夜のさまなり。
13.10 入道の問わず語り
いたく更けゆくままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに、澄みまさり、静かなるほどに、御物語残りなく聞こえて、この浦に住みはじめしほどの心づかひ、後の世を勤むるさま、かきくづし聞こえて、この娘のありさま、問はず語りに聞こゆ。
をかしきものの、さすがにあはれと聞きたまふ節もあり。
「いと取り申しがたきことなれど、わが君、かうおぼえなき世界に、仮にても、移ろひおはしましたるは、もし、年ごろ老法師の祈り申しはべる神仏のあはれびおはしまして、しばしのほど、御心をも悩ましたてまつるにやとなむ思うたまふる。
その故は、住吉の神を頼みはじめたてまつりて、この十八年になりはべりぬ。女の童いときなうはべりしより、思ふ心はべりて、年ごとの春秋ごとに、かならずかの御社に参ることなむはべる。昼夜の六時の勤めに、みづからの蓮はちすの上の願ひをば、さるものにて、ただこの人を高き本意叶へたまへと、なむ念じはべる。
前の世の契りつたなくてこそ、かく口惜しき山賤となりはべりけめ、親、大臣の位を保ちたまへりき。
みづからかく田舎の民となりにてはべり。
次々、さのみ劣りまからば、何の身にかなりはべらむと、悲しく思ひはべるを、これは、生れし時より頼むところなむはべる。いかにして都の貴き人にたてまつらむと思ふ心、深きにより、ほどほどにつけて、あまたの人の嫉みを負ひ、身のためからき目を見る折々も多くはべれど、さらに苦しみと思ひはべらず。
命の限りは狭き衣にもはぐくみはべりなむ。
かくながら見捨てはべりなば、波のなかにも交り失せね、となむ掟てはべる」
など、すべてまねぶべくもあらぬことどもを、うち泣きうち泣き聞こゆ。
君も、ものをさまざま思し続くる折からは、うち涙ぐみつつ聞こしめす。
「横さまの罪に当たりて、思ひかけぬ世界にただよふも、何の罪にかとおぼつかなく思ひつる、今宵の御物語に聞き合はすれば、げに浅からぬ前の世の契りにこそはと、あはれになむ。
などかは、かくさだかに思ひ知りたまひけることを、今までは告げたまはざりつらむ。都離れし時より、世の常なきもあぢきなう、行なひより他のことなくて月日を経るに、心も皆くづほれにけり。
かかる人ものしたまふとは、ほの聞きながら、いたづら人をばゆゆしきものにこそ思ひ捨てたまふらめと、思ひ屈しつるを、さらば導きたまふべきにこそあなれ。心細き一人寝の慰めにも」
などのたまふを、限りなくうれしと思へり。
「一人寝は君も知りぬやつれづれと思ひ明かしの浦さびしさをまして年月思ひたまへわたるいぶせさを、推し量らせたまへ」
と聞こゆるけはひ、うちわななきたれど、さすがにゆゑなからず。
「されど、浦なれたまへらむ人は」とて、
「旅衣うら悲しさに明かしかね草の枕は夢も結ばず」
と、うち乱れたまへる御さまは、いとぞ愛敬づき、言ふよしなき御けはひなる。
数知らぬことども聞こえ尽くしたれど、うるさしや。ひがことどもに書きなしたれば、いとど、をこにかたくなしき入道の心ばへも、あらはれぬべかめり。
13.11 明石の娘へ懸想文
思ふこと、かつがつ叶ひぬる心地して、涼しう思ひゐたるに、またの日の昼つ方、岡辺に御文つかはす。
心恥づかしきさまなめるも、なかなか、かかるものの隈にぞ、思ひの外なることも籠もるべかめると、心づかひしたまひて、高麗こまの胡桃くるみ色の紙に、えならずひきつくろひて、
「をちこちも知らぬ雲居に眺めわびかすめし宿の梢をぞ訪ふ『思ふには』」
とばかりやありけむ。
入道も、人知れず待ちきこゆとて、かの家に来ゐたりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。
御返り、いと久し。内に入りてそそのかせど、娘はさらに聞かず。
恥づかしげなる御文のさまに、さし出でむ手つきも、恥づかしうつつまし。
人の御ほど、わが身のほど思ふに、こよなくて、心地悪しとて寄り臥しぬ。
言ひわびて、入道ぞ書く。
「いとかしこきは、田舎びてはべる袂に、つつみあまりぬるにや。
さらに見たまへも、及びはべらぬかしこさになむ。さるは、眺むらむ同じ雲居を眺むるは思ひも同じ思ひなるらむとなむ見たまふる。いと好き好きしや」
と聞こえたり。
陸奥紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。
「げにも、好きたるかな」
と、めざましう見たまふ。御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたり。
またの日、
「宣旨せんじ書きは、見知らずなむ」とて、
「いぶせくも心にものを悩むかなやよやいかにと問ふ人もなみ『言ひがたみ』」
と、このたびは、いといたうなよびたる薄様に、いとうつくしげに書きたまへり。
若き人のめでざらむも、いとあまり埋れいたからむ。
めでたしとは見れど、なずらひならぬ身のほどの、 いみじうかひなければ、なかなか、世にあるものと、尋ね知りたまふにつけて、涙ぐまれて、さらに例の動なきを、せめて言はれて、浅からず染めたる紫の紙に、墨つき濃く薄く紛らはして、
「思ふらむ心のほどややよいかにまだ見ぬ人の聞きか悩まむ」
手のさま、書きたるさまなど、やむごとなき人にいたう劣るまじう、上衆じょうずめきたり。
京のことおぼえて、をかしと見たまへど、うちしきりて遣はさむも、人目つつましければ、二、三日隔てつつ、つれづれなる夕暮れ、もしは、ものあはれなる曙などやうに紛らはして、折々、同じ心に見知りぬべきほど推し量りて、書き交はしたまふに、似げなからず。
心深う思ひ上がりたるけしきも、見ではやまじと思すものから、良清が領ろうじて言ひしけしきもめざましう、年ごろ心つけてあらむを、目の前に思ひ違へむもいとほしう思しめぐらされて、
「人進み参らば、さる方にても、紛らはしてむ」
と思せど、女はた、なかなかやむごとなき際の人よりも、いたう思ひ上がりて、ねたげにもてなしきこえたれば、心比べにてぞ過ぎける。
京のことを、かく関隔たりては、いよいよおぼつかなく思ひきこえたまひて、
「いかにせまし。たはぶれにくくもあるかな。忍びてや、迎へたてまつりてまし」
と、思し弱る折々あれど、
「さりとも、かくてやは、年を重ねむと、今さらに人悪ろきことをば」と、思し静めたり。
13.12 都の天変地異
その年、朝廷おおやけに、もののさとししきりて、もの騒がしきこと多かり。
三月十三日、雷鳴りひらめき、雨風騒がしき夜、帝の御夢に、院の帝、御前の御階みはしのもとに立たせたまひて、御けしきいと悪しうて、にらみきこえさせたまふを、かしこまりておはします。聞こえさせたまふことも多かり。
源氏の御事なりけむかし。
いと恐ろしう、いとほしと思して、后に聞こえさせたまひければ、
「雨など降り、空乱れたる夜は、思ひなしなることはさぞはべる。軽々しきやうに、思し驚くまじきこと」
と聞こえたまふ。
にらみたまひしに、目見合はせたまふと見しけにや、御目患ひたまひて、堪へがたう悩みたまふ。
御つつしみ、内裏にも宮にも限りなくせさせたまふ。
太政大臣おおきおとど亡せたまひぬ。
ことわりの御齢なれど、次々におのづから騒がしきことあるに、大宮もそこはかとなう患ひたまひて、ほど経れば弱りたまふやうなる、内裏に思し嘆くこと、さまざまなり。
「なほ、この源氏の君、まことに犯しなきにてかく沈むならば、かならずこの報いありなむとなむおぼえはべる。今は、なほもとの位をも賜ひてむ」
とたびたび思しのたまふを、
「世のもどき、軽々しきやうなるべし。罪に懼おぢて都を去りし人を、三年をだに過ぐさず許されむことは、世の人もいかが言ひ伝へはべらむ」
など、后かたく諌めたまふに、思し憚るほどに月日かさなりて、御悩みども、さまざまに重りまさらせたまふ。
3.13 明石の侘び住まい
明石には、例の、秋、浜風のことなるに、一人寝もまめやかにものわびしうて、入道にも折々語らはせたまふ。
「とかく紛らはして、こち参らせよ」
とのたまひて、渡りたまはむことをばあるまじう思したるを、正身そうじみはた、さらに思ひ立つべくもあらず。
「いと口惜しき際の田舎人こそ、 仮に下りたる人のうちとけ言につきて、さやうに軽らかに語らふわざをもすなれ、人数にも思されざらむものゆゑ、我はいみじきもの思ひをや添へむ。
かく及びなき心を思へる親たちも、世籠もりて過ぐす年月こそ、あいな頼みに、 行く末心にくく思ふらめ、なかなかなる心をや尽くさむ」と思ひて、「ただこの浦におはせむほど、かかる御文ばかりを聞こえかはさむこそ、おろかならね。
年ごろ音にのみ聞きて、いつかはさる人の御ありさまをほのかにも見たてまつらむなど、思ひかけざりし御住まひにて、まほならねどほのかにも見たてまつり、世になきものと聞き伝へし御琴の音をも風につけて聞き、明け暮れの御ありさまおぼつかなからで、かくまで世にあるものと思し尋ぬるなどこそ、かかる海人のなかに朽ちぬる身にあまることなれ」
など思ふに、いよいよ恥づかしうて、つゆも気近きことは思ひ寄らず。
親たちは、ここらの年ごろの祈りの叶ふべきを思ひながら、
「ゆくりかに見せたてまつりて、 思し数まへざらむ時、いかなる嘆きをかせむ」
と思ひやるに、ゆゆしくて、
「めでたき人と聞こゆとも、つらういみじうもあるべきかな。目にも見えぬ仏、神を頼みたてまつりて、人の御心をも、宿世をも知らで」
など、うち返し思ひ乱れたり。
君は、
「このころの波の音に、かの物の音を聞かばや。さらずは、かひなくこそ」
など、常はのたまふ。
13.14 明石の君を初めて訪ねる
忍びて吉よろしき日見て、母君のとかく思ひわづらふを聞き入れず、弟子どもなどにだに知らせず、心一つに立ちゐ、かかやくばかりしつらひて、十三日の月のはなやかにさし出でたるに、ただ「あたら夜の」と聞こえたり。
君は、「好きのさまや」と思せど、御直衣たてまつりひきつくろひて、夜更かして出でたまふ。
御車は二なく作りたれど、所狭しとて、御馬にて出でたまふ。
惟光などばかりをさぶらはせたまふ。
やや遠く入る所なりけり。
道のほども、四方の浦々見わたしたまひて、思ふどち見まほしき入江の月影にも、まづ恋しき人の御ことを思ひ出できこえたまふに、やがて馬引き過ぎて、赴きぬべく思す。
「秋の夜の月毛の駒よ我が恋ふる雲居を翔れ時の間も見む」
と、うちひとりごたれたまふ。
造れるさま、木深く、いたき所まさりて、見どころある住まひなり。海のつらはいかめしうおもしろく、これは心細く住みたるさま、
「ここにゐて、思ひ残すことはあらじ」
と、思しやらるるに、ものあはれなり。
三昧堂近くて、鐘の声、松風に響きあひて、もの悲しう、岩に生ひたる松の根ざしも、心ばへあるさまなり。前栽どもに虫の声を尽くしたり。
ここかしこのありさまなど御覧ず。
娘住ませたる方は、心ことに磨きて、月入れたる真木の戸口、けしきばかり押し開けたり。
うちやすらひ、何かとのたまふにも、
「かうまでは見えたてまつらじ」
と深う思ふに、もの嘆かしうて、うちとけぬ心ざまを、
「こよなうも人めきたるかな。さしもあるまじき際の人だに、かばかり言ひ寄りぬれば、心強うしもあらずならひたりしを、いとかくやつれたるに、あなづらはしきにや」
とねたう、さまざまに思し悩めり。
「情けなうおし立たむも、ことのさまに違へり。心比べに負けむこそ、人悪ろけれ」
など、乱れ怨みたまふさま、げにもの思ひ知らむ人にこそ見せまほしけれ。
近き几帳の紐に、箏の琴の弾き鳴らされたるも、けはひしどけなく、うちとけながら掻きまさぐりけるほど見えてをかしければ、
「この、聞きならしたる琴をさへや」
など、よろづにのたまふ。
「むつごとを語りあはせむ人もがな憂き世の夢もなかば覚むやと」
「明けぬ夜にやがて惑へる心にはいづれを夢とわきて語らむ」
ほのかなるけはひ、伊勢の御息所にいとようおぼえたり。
何心もなくうちとけてゐたりけるを、かうものおぼえぬに、いとわりなくて、近かりける曹司の内に入りて、いかで固めけるにか、いと強きを、しひてもおし立ちたまはぬさまなり。
されど、さのみもいかでかあらむ。
人ざま、いとあてに、そびえて、心恥づかしきけはひぞしたる。
かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり。
御心ざしの、近まさりするなるべし、常は厭はしき夜の長さも、とく明けぬる心地すれば、「人に知られじ」と思すも、心あわたたしうて、こまかに語らひ置きて、出でたまひぬ。
御文、いと忍びてぞ今日はある。
あいなき御心の鬼なりや。
ここにも、かかることいかで漏らさじとつつみて、御使ことことしうももてなさぬを、胸いたく思へり。
かくて後は、忍びつつ時々おはす。「ほどもすこし離れたるに、おのづからもの言ひさがなき海人の子もや立ちまじらむ」と思し憚るほどを、「さればよ」と思ひ嘆きたるを、「げに、いかならむ」と、入道も極楽の願ひをば忘れて、ただこの御けしきを待つことにはす。今さらに心を乱るも、いといとほしげなり。
13.15 紫の君に手紙
二条の君の、風のつてにも漏り聞きたまはむことは、
「たはぶれにても、心の隔てありけると、思ひ疎まれたてまつらむ、心苦しう恥づかしう」思さるるも、あながちなる御心ざしのほどなりかし。
「かかる方のことをば、さすがに、心とどめて怨みたまへりし折々、などて、 あやなきすさびごとにつけても、さ思はれたてまつりけむ」など、取り返さまほしう、 人のありさまを見たまふにつけても、恋しさの慰む方なければ、例よりも御文こまやかに書きたまひて、
「まことや、我ながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれたてまつりし節々を、思ひ出づるさへ胸いたきに、また、 あやしうものはかなき夢をこそ見はべりしか。かう聞こゆる問はず語りに、隔てなき心のほどは思し合はせよ。『誓ひしことも』」など書きて、
「何事につけても、しほしほとまづぞ泣かるるかりそめのみるめは海人のすさびなれども」
とある御返り、何心なくらうたげに書きて、
「忍びかねたる御夢語りにつけても、思ひ合はせらるること多かるを、
うらなくも思ひけるかな契りしを松より波は越えじものぞと」
おいらかなるものから、ただならずかすめたまへるを、いとあはれに、うち置きがたく見たまひて、名残久しう、忍びの旅寝もしたまはず。
13.16 明石の君の嘆き
女、思ひしもしるきに、今ぞまことに身も投げつべき心地する。
「行く末短げなる親ばかりを頼もしきものにて、いつの世に人並々になるべき身と思はざりしかど、ただそこはかとなくて過ぐしつる年月は、何ごとをか心をも悩ましけむ、かういみじうもの思はしき世にこそありけれ」
と、かねて推し量り思ひしよりも、よろづに悲しけれど、なだらかにもてなして、憎からぬさまに見えたてまつる。
あはれとは月日に添へて思しませど、やむごとなき方の、おぼつかなくて年月を過ぐしたまひ、ただならずうち思ひおこせたまふらむが、いと心苦しければ、独り臥しがちにて過ぐしたまふ。
絵をさまざま描き集めて、思ふことどもを書きつけ、返りこと聞くべきさまにしなしたまへり。
見む人の心に染みぬべきもののさまなり。
いかでか、空に通ふ御心ならむ、二条の君も、ものあはれに慰む方なくおぼえたまふ折々、同じやうに絵を描き集めたまひつつ、やがて我が御ありさま、日記のやうに書きたまへり。
いかなるべき御さまどもにかあらむ。
13.17 七月二十日過ぎ、帰京の宣旨下る
年変はりぬ。内裏に御薬のことありて、世の中さまざまにののしる。当代の御子は、右大臣の女、承香殿しょうきょうでんの女御の御腹に男御子生まれたまへる、二つになりたまへば、いといはけなし。
春宮にこそは譲りきこえたまはめ。朝廷の御後見をし、世をまつりごつべき人を思しめぐらすに、この源氏のかく沈みたまふこと、いとあたらしうあるまじきことなれば、つひに后の御諌めを背きて、赦されたまふべき定め出で来ぬ。
去年より、后も御もののけ悩みたまひ、さまざまのもののさとししきり、騒がしきを、いみじき御つつしみどもをしたまふしるしにや、よろしうおはしましける御目の悩みさへ、このころ重くならせたまひて、もの心細く思されければ、七月二十余日のほどに、また重ねて、京へ帰りたまふべき宣旨せんじ下る。
つひのことと思ひしかど、世の常なきにつけても、「いかになり果つべきにか」と嘆きたまふを、かうにはかなれば、うれしきに添へても、また、この浦を今はと思ひ離れむことを思し嘆くに、入道、さるべきことと思ひながら、うち聞くより胸ふたがりておぼゆれど、「思ひのごと栄えたまはばこそは、我が思ひの叶ふにはあらめ」など、思ひ直す。
13.18 明石の君の懐妊
そのころは、夜離よがれなく語らひたまふ。六月ばかりより心苦しきけしきありて悩みけり。かく別れたまふべきほどなれば、あやにくなるにやありけむ、ありしよりもあはれに思して、
「あやしうもの思ふべき身にもありけるかな」
と思し乱る。
女は、さらにも言はず思ひ沈みたり。いとことわりなりや。思ひの外に悲しき道に出で立ちたまひしかど、
「つひには行きめぐり来なむ」
と、かつは思し慰めき。
このたびはうれしき方の御出おんいで立ちの、
「またやは帰り見るべき」
と思すに、あはれなり。
さぶらふ人びと、ほどほどにつけてはよろこび思ふ。京よりも御迎へに人びと参り、心地よげなるを、主人の入道、涙にくれて、月も立ちぬ。
ほどさへあはれなる空のけしきに、
「なぞや、心づから今も昔も、すずろなることにて身をはふらかすらむ」
と、さまざまに思し乱れたるを、心知れる人びとは、
「あな憎、例の御癖ぞ」
と、見たてまつりむつかるめり。
「月ごろは、つゆ人にけしき見せず、時々はひ紛れなどしたまへるつれなさを」
「このころ、あやにくに、なかなかの、人の心づくしにか」
と、つきしろふ。少納言、しるべして聞こえ出でし初めのことなど、ささめきあへるを、ただならず思へり。
13.19 離別間近の日
明後日あさてばかりになりて、例のやうにいたくも更かさで渡りたまへり。さやかにもまだ見たまはぬ容貌など、
「いとよしよししう、気高きさまして、 めざましうもありけるかな」
と、見捨てがたく口惜しう思さる。
「さるべきさまにして迎へむ」と思しなりぬ。さやうにぞ語らひ慰めたまふ。
男の御容貌、ありさまはた、さらにも言はず。年ごろの御行なひにいたく面痩せたまへるしも、言ふ方なくめでたき御ありさまにて、心苦しげなるけしきにうち涙ぐみつつ、あはれ深く契りたまへるは、
「ただかばかりを、幸ひにても、などか止まざらむ」
とまでぞ見ゆめれど、めでたきにしも、我が身のほどを思ふも、尽きせず。波の声、秋の風には、なほ響きことなり。
塩焼く煙かすかにたなびきて、とりあつめたる所のさまなり。
「このたびは立ち別るとも藻塩焼く煙は同じ方になびかむ」
とのたまへば、
「かきつめて海人のたく藻の思ひにも 今はかひなき恨みだにせじ」
あはれにうち泣きて、言少ななるものから、さるべき節の御応へなど浅からず聞こゆ。この、常にゆかしがりたまふ物の音など、さらに聞かせたてまつらざりつるを、いみじう恨みたまふ。
「さらば、形見にも偲ぶばかりの一琴をだに」
とのたまひて、京より持ておはしたりし琴の御琴取りに遣はして、心ことなる調べをほのかにかき鳴らしたまへる、深き夜の澄めるは、たとへむ方なし。
入道、え堪へで箏の琴取りてさし入れたり。みづからも、いとど涙さへそそのかされて、とどむべき方なきに、誘はるるなるべし、忍びやかに調べたるほど、いと上衆めきたり。
入道の宮の御琴の音を、ただ今のまたなきものに思ひきこえたるは、
「今めかしう、あなめでた」
と、聞く人の心ゆきて、容貌さへ思ひやらるることは、げに、いと限りなき御琴の音なり。
これはあくまで弾き澄まし、心にくくねたき音ぞまされる。
この御心にだに、初めてあはれになつかしう、まだ耳なれたまはぬ手など、心やましきほどに弾きさしつつ、飽かず思さるるにも、「月ごろ、など強ひても、聞きならさざりつらむ」
と、悔しう思さる。心の限り行く先の契りをのみしたまふ。
「琴は、また掻き合はするまでの形見に」
とのたまふ。女、
「なほざりに頼め置くめる一ことを尽きせぬ音にやかけて偲ばむ」
言ふともなき口すさびを、恨みたまひて、
「逢ふまでのかたみに契る中の緒の調べはことに変はらざらなむこの音違はぬさきにかならずあひ見む」
と頼めたまふめり。
されど、ただ別れむほどのわりなさを思ひ咽せたるも、いとことわりなり。
13.20 離別の朝
立ちたまふ暁は、夜深く出でたまひて、御迎への人びとも騒がしければ、心も空なれど、人まをはからひて、
「うち捨てて立つも悲しき浦波の名残いかにと思ひやるかな」
御返り、
「年経つる苫屋も荒れて憂き波の返る方にや身をたぐへまし」
と、うち思ひけるままなるを見たまふに、忍びたまへど、ほろほろとこぼれぬ。心知らぬ人びとは、
「なほかかる御住まひなれど、年ごろといふばかり馴れたまへるを、今はと思すは、さもあることぞかし」
など見たてまつる。
良清などは、
「おろかならず思すなめりかし」
と、憎くぞ思ふ。
うれしきにも、
「げに、今日を限りに、この渚を別るること」
などあはれがりて、口々しほたれ言ひあへることどもあめり。
されど、何かはとてなむ。
入道、今日の御まうけ、いといかめしう仕うまつれり。人びと、下の品まで、旅の装束めづらしきさまなり。
いつの間にかしあへけむと見えたり。
御よそひは言ふべくもあらず。
御衣櫃みぞびつあまたかけさぶらはす。まことの都の苞にしつべき御贈り物ども、ゆゑづきて、思ひ寄らぬ隈なし。
今日たてまつるべき狩の御装束に、
「寄る波に立ちかさねたる旅衣しほどけしとや人の厭はむ」
とあるを御覧じつけて、騒がしけれど、
「かたみにぞ換ふべかりける逢ふことの日数隔てむ中の衣を」
とて、
「心ざしあるを」
とて、たてまつり替ふ。御身になれたるどもを遣はす。
げに、今一重偲ばれたまふべきことを添ふる形見なめり。えならぬ御衣に匂ひの移りたるを、いかが人の心にも染めざらむ。
入道、
「今はと世を離れはべりにし身なれども、今日の御送りに仕うまつらぬこと」
など申して、かひをつくるもいとほしながら、若き人は笑ひぬべし。
「世をうみにここらしほじむ身となりてなほこの岸をえこそ離れね心の闇は、いとど惑ひぬべくはべれば、境までだに」
と聞こえて、
「好き好きしきさまなれど、思し出でさせたまふ折はべらば」
など、御けしき賜はる。
いみじうものをあはれと思して、所々うち赤みたまへる御まみのわたりなど、言はむかたなく見えたまふ。
「思ひ捨てがたき筋もあめれば、今いととく見直したまひてむ。ただこの住みかこそ見捨てがたけれ。いかがすべき」
とて、
「都出でし春の嘆きに劣らめや年経る浦を別れぬる秋」
とて、おし拭ひたまへるに、いとどものおぼえず、しほたれまさる。
立ちゐもあさましうよろぼふ。
13.21 残された明石の君の嘆き
正身そうじみの心地、たとふべき方なくて、かうしも人に見えじと思ひ沈むれど、身の憂きをもとにて、わりなきことなれど、うち捨てたまへる恨みのやる方なきに、たけきこととは、ただ涙に沈めり。
母君も慰めわびては、
「何に、かく心尽くしなることを思ひそめけむ。すべて、ひがひがしき人に従ひける心のおこたりぞ」
と言ふ。
「あなかまや。思し捨つまじきこともものしたまふめれば、さりとも、思すところあらむ。思ひ慰めて、御湯などをだに参れ。あな、ゆゆしや」
とて、片隅に寄りゐたり。乳母、母君など、ひがめる心を言ひ合はせつつ、
「いつしか、いかで思ふさまにて見たてまつらむと、年月を頼み過ぐし、今や、思ひ叶ふとこそ頼みきこえつれ、心苦しきことをも、もののはじめに見るかな」
と嘆くを見るにも、いとほしければ、いとどほけられて、昼は日一日、寝をのみ寝暮らし、夜はすくよかに起きゐて、「数珠の行方も知らずなりにけり」
とて、手をおしすりて仰ぎゐたり。
弟子どもにあはめられて、月夜に出でて行道するものは、遣水に倒れ入りにけり。
よしある岩の片側に腰もつきそこなひて、病み臥したるほどになむ、すこしもの紛れける。
13.22 難波の御祓い
君は、難波の方に渡りて御祓へしたまひて、住吉にも、平らかにて、 いろいろの願果たし申すべきよし、御使して申させたまふ。
にはかに所狭うて、みづからはこのたびえ詣でたまはず、ことなる御逍遥などなくて、急ぎ入りたまひぬ。
二条院におはしまし着きて、都の人も、御供の人も、夢の心地して行き合ひ、喜び泣きどもゆゆしきまで立ち騷ぎたり。
女君も、かひなきものに思し捨てつる命、うれしう思さるらむかし。いとうつくしげにねびととのほりて、御もの思ひのほどに、所狭かりし御髪のすこしへがれたるしも、いみじうめでたきを、「今はかくて見るべきぞかし」と、御心落ちゐるにつけては、また、かの飽かず別れし人の思へりしさま、心苦しう思しやらる。なほ世とともに、かかる方にて御心の暇ぞなきや。
その人のことどもなど聞こえ出でたまへり。
思し出でたる御けしき浅からず見ゆるを、ただならずや見たてまつりたまふらむ、わざとならず、「身をば思はず」など、ほのめかしたまふぞ、をかしうらうたく思ひきこえたまふ。
かつ、
「見るにだに飽かぬ御さまを、いかで隔てつる年月ぞ」
と、あさましきまで思ほすに、取り返し、世の中もいと恨めしうなむ。
ほどもなく、元の御位あらたまりて、員より外の権大納言になりたまふ。次々の人も、さるべき限りは元の官返し賜はり、世に許さるるほど、枯れたりし木の春にあへる心地して、いとめでたげなり。
13.23 源氏、参内
召しありて、内裏に参りたまふ。
御前にさぶらひたまふに、ねびまさりて、
「いかで、さるものむつかしき住まひに年経たまひつらむ」
と見たてまつる。
女房などの、院の御時さぶらひて、老いしらへるどもは、悲しくて、今さらに泣き騒ぎめできこゆ。
主上も、恥づかしうさへ思し召されて、御よそひなどことに引きつくろひて出でおはします。御心地、例ならで、日ごろ経させたまひければ、いたう衰へさせたまへるを、昨日今日ぞ、すこしよろしう思されける。
御物語しめやかにありて、夜に入りぬ。
十五夜の月おもしろう静かなるに、昔のこと、かき尽くし思し出でられて、しほたれさせたまふ。
もの心細く思さるるなるべし。
「遊びなどもせず、昔聞きし物の音なども聞かで、久しうなりにけるかな」
とのたまはするに、
「わたつ海にしなえうらぶれ蛭の児の脚立たざりし年は経にけり」
と聞こえたまへり。
いとあはれに心恥づかしう思されて、
「宮柱めぐりあひける時しあれば別れし春の恨み残すな」
いとなまめかしき御ありさまなり。
院の御ために、八講行はるべきこと、まづ急がせたまふ。
春宮を見たてまつりたまふに、こよなくおよすげさせたまひて、めづらしう思しよろこびたるを、限りなくあはれと見たてまつりたまふ。御才もこよなくまさらせたまひて、世をたもたせたまはむに、憚りあるまじく、かしこく見えさせたまふ。
入道の宮にも、御心すこし静めて、御対面のほどにも、あはれなることどもあらむかし。
13.24 明石の君へお手紙、他
まことや、かの明石には、返る波に御文遣はす。ひき隠してこまやかに書きたまふめり。
「波のよるよるいかに、嘆きつつ明石の浦に朝霧の立つやと人を思ひやるかな」
かの帥そつの娘五節、あいなく、人知れぬもの思ひさめぬる心地して、まくなぎつくらせてさし置かせけり。
「須磨の浦に心を寄せし舟人のやがて朽たせる袖を見せばや」
「手などこよなくまさりにけり」と、見おほせたまひて、遣はす。
「帰りてはかことやせまし寄せたりし名残に袖の干がたかりしを 」
「飽かずをかし」
と思しし名残なれば、おどろかされたまひて、いとど思し出づれど、このごろは、さやうの御振る舞ひ、さらにつつみたまふめり。
花散里などにも、ただ御消息などばかりにて、おぼつかなく、なかなか恨めしげなり。