「なぜ人だけが幸せになれないのか」小林武彦
人の本質、幸せとは何かを生物学的に考察した本。2025年4月初版後25万部のベストセラー。
動物は生きていることが最大の価値で、死からの距離が遠いことが幸せと定義している。動物の「幸せ」と人のいわゆる幸せとの違いを比べながら、人がどうしたら幸せに生きれるのかを提案している。
結論を先にまとめると、生活様式が変化しても遺伝子プログラムの本能は直ぐには変わらない。社会の変化に合わせた本能が喜ぶ幸せを掴む方法として、安心して暮らせる新しいコミュニティの構築、格差なく誰もがゼロベースから成長できる環境作りが必要。
人の生きるモチベーションとしての幸せは、世俗的な欲望から解放され、比較され妬むことから解放され利他的な精神でみんなの幸せに貢献することで得られる事と理解しました。
そして、やりたいことがあること、好きなことに没頭し努力して成長して自分を肯定しながら死からの距離を保ち続けることが究極の幸せだということです。
著者は、遺伝子を研究する基礎生物学者で、人が生き残るために進化した歴史を振り返りながら、人だけが持つ動物にはない能力が原因で幸せになれないと提起している。
その能力は、他人と比較したがるところと、より良いものを求める尽きることのない欲望だとしている。ヒトは点数よりランキングが気になる。
そして嫉妬してランクを上げより良い生活をしようと努力し発展してきた。遺伝子に組み込まれたこれらの本能は狩猟採取生活の時代にはうまく働き幸せに暮らせたのだが、定住農耕生活になり集団の規模が大きくなり家や財産の所有が始まると利己的なヒトが増え格差社会となり、不安と孤独を生み幸せを感じることがしにくくなったとしている。
このあたり、ヒトの進化の過程を要約してみた。
700万年前にヒトは、原人、猿人、旧人から進化し森から平地に移動し火を使い、道具を使い狩猟生活をしながら小集団で暮らしてきた。
火を使うことで、温かさと食べ物を焼くことで食べるものが増えた。火は毛に燃えうつる危険から邪魔になり体毛は減った。体毛が減ることにより乳児が母親につかまることができなくなり、手で子供を抱える必要が出てきた。手が使えなくなった親は、他の作業ができなくなり一人では生活ができないため育児と狩猟など分業する必要が出てきた。こうして、100人程度の小集団での共同生活が699万年間続き進化してきた。多くの動物が生殖能力が無くなると死んでしまうのに人だけが生殖能力が無くなっても長生きするのは、ばあちゃんが孫の世話するため必要だったからである。優秀で利他的な老人は公平・公正な分配などリーダーシップをとることで必要とされ、それなりに長生きする理由があった。命を繋ぐために必要な優秀な遺伝子プログラムだった。
この長い期間、人は小集団の中で助け合い、獲物を公平に分け合いながら生きてきた。集団の中で生き残っていくためには、自分が評価され排除されないために群れの中で役に立つことをアピールする必要がある。自分より評価される人を妬み、それがモチベーションとなり努力することで評価され幸せを感じることで群れが発展してきた。この時代は、公平に分け合うことが前提で個人所有という概念がない。だからこそこそ隠す必要はなかったし、公平性や公正さが見えていた。
ところが、1万年くらい前から定住、農耕、牧畜で財産の集団保有から家と財産の個人保有へと変わり格差社会が生まれ始める。格差の壁を正当化するため身分制度が生まれ、集団が大きくなり比較される母集団が大きくなるにつれて努力しても比較されにくい(10人中の5位と1万人中の5000位の違いかな)不公平、不正で 不透明な社会 でモチベーションが生まれにくくなった。
その日暮らしで、能力を発揮し周りから認められて幸せを感じる時代が定住化で格差維持社会 、コソコソ隠して見える社会から見えにくい社会へと変化した。著者は、弥生時代に大変革が起きたとして弥生格差革命(YKK)と名付けた。
狩猟採取時代は、獲れた獲物を公平に分配し、群れから排除されないよう、他人と比較し嫉妬心がモチベーションとなり努力が報われた時代が、技術革新で生産性効率が上がり便利になったが、努力しても報われない社会では嫉妬だけが残ってしまった。
お互いに見える関係で信頼関係を築き、助け合い、じゃれ合い、仲間意識で幸せを感じる遺伝子が組み込まれた人類が、定住農耕で利己主義となり幸せを感じるのが難しい現代となってしまったのである。
所有や一人占めの概念がない動物は、食べられないようにして食べる、ただ生きているだけで幸せなのだ。
動物には食欲と性欲など生存欲求を満たすためのプログラムが遺伝子に組み込まれている。快楽はそのモチベーションの一つであるが幸せの一部でもある。
人は、それに加えて、より良くしようとするベター思考、比較思考(嫉妬心)が本能に組み込まれていた。
五感や知性と創造性は人が優れているが、身体能力は動物に劣っている。だから集団生活で分業し技術と道具を使い助け合いながら進化してきた。
集団の中で空気を読み、自分の位置を確認し、集団から追い出されないよう努力したものだけが生き残ってきた。公平・公正な評価や比較で努力が報われることで幸せを感じてきたのである。
現代は、本来ヒトに必要な公平性・共感力・利他性・正義感が過小評価されている。そして格差は自己責任と容認し、行き過ぎたプライバシーと権利の保護でお互いに隠しあいコソコソする生活。貧富の差が大きくなり、成功すればするほど妬まれないよう同じような立場(階級)としか付き合わなってしまう。経済格差、情報格差が不特定多数の顔が見えない社会からの評価と孤独と不安に怯えながら暮らす社会に変えてしまった。
ヒトは個人主義に耐えられる生き物ではない、集団で助け合って生きていける動物。幸せの原点は格差と所有概念がない信頼感でつながった地域のコミュニティがあって感じられるもので一人では幸せにはなれない。スマホ依存は近い人を遠ざけ遠い人を近づけているがリアリティはないし強い信頼関係は結ばれない。
便利な生活は動くこと、考えることを減らし、肥満・生活習慣病を増やし、スマホやゲーム、SNSなど中毒性のある快楽に溺れるヒトを増やしている。AIでヒトのやることがなくなった時ヒトに幸せはあるのか。ヒトだけが幸せになれないように進化をしようとしている。
繰り返しになりますが、生活様式が変化しても遺伝子プログラムの本能は直ぐには変わりません。社会の変化に合わせた本能が喜ぶ幸せを掴む方法が提案されています。
人が幸せを取り戻すためには、安心して暮らせる新しいコミュニティの構築、格差なく誰もがゼロベースから成長できる環境作りが必要です。
人の生きるモチベーションとしての幸せは、世俗的な欲望から解放され、比較され妬むことから解放され利他的な精神でみんなの幸せに貢献することで得られるます。そして、やりたいことがあること、好きなことに没頭し努力して成長して自分を肯定しながら死からの距離を保ち続けることが究極の幸せだということです。
最後に、なるほどそうだわと思うトピックスを紹介します。
同じ美味しいラーメンでも隣のラーメンのチャーシューが1枚多いだけで嫉妬して不幸になる。ヒトは不公平に敏感(たぶん、金持ちでも同じ気持ちになるはず)
ヒトは比較ランキング番組が大好き。
関連動画
このYoutube動画を見て本を買って読んでしまいました。
【高橋弘樹vs幸せ研究者】ヒトは幸せになれない?それは遺伝子が社会環境の変化に適応できてないから…【ReHacQ】
