宗教の起源/ロビン・ダンパー
本の帯で著者を進化心理学者と紹介されているが、霊長類の行動を専門とされており本の内容も生物学的に分析されているので進化生物学者と言った方がしっくりくる。
宗教を霊もしくは力が偏在する超自然的な世界に対する信仰と定義し①人間はどうして宗教を信じようとするのか②なぜこんなにたくさんの宗教があるのかということを主眼に書かれている。
宗教は個人の信条に係るデリケートなテーマで神が実在するのかどうかなどという結論が出ない問題は棚上げにしておいて、なぜ人間は宗教を信じたがり信じることが有益なのかについて、宗教が始まったであろう20万年前からの遺跡や化石その他資料から宗教がどう進化してきたのか説明されている。
霊的な存在や神の存在を信じるには、脳機能的に相手の意図を理解する高度な能力(メンタライジング)が必要とされる。自分を理解する一次志向性、相手が違う心を持っているということを理解する二次志向性、人知を超越した世界の存在を相手が信じていることを理解する三次志向性、神の意図を理解する四次志向性、宗教を共有する五次志向性を同時に理解するという高度な情報処理が必要らしい。
この高度な情報処理をできる知能を持つ大きさの脳は解剖学的にネアンデルタール人とホモサピエンス以上の人類だけだ。サルは一時志向性、類人猿は二次志向性どまりで発話機能の解剖学的特徴が現れるのはネアンデルタール人とホモサピエンスだ。そして、他者の信念・精神状態の理解は脳の内側前頭前野・後帯状皮質・楔前部・下頭頂小葉といった部位で構成されているデフォルトモードネットワークというぼんやりしているときに活性化する神経回路で無意識に管理されている。
自然の驚異を理解するため生物や物に霊魂が宿ることを信じるアニミズムが原始宗教で自然の禍や病気を治すため精霊や冥界に祈る(繋がる)祈祷師(シャーマン)が現れシャーマン宗教が始まる。
シャーマンが行うリズミカルな祈りと規則的な儀式を集団で同期化して行うとき快楽物質エンドルフィンを上げ恍惚感(エクスタシー)や神秘的体験で結束感が生まれ集団の求心力として働くこととなった。
身体能力で劣る人間は集団で共同することで外的脅威から身を守ってきた。社会集団の大きさと大脳新皮質の大きさが相関するという社会脳仮説で人間の脳の大きさでは集団の安定性があるのは150人(ダンバー数)規模まででそれ以上に増えると共同体に遠心力が働き集団が維持できなくなる。
集団同士の争いで勝つには集団が大きいほうが有利だが、大きくなると帰属意識が薄れ分解してしまう。
7万年前に言語が使われるようになり5千年前くらいに文字が発明されコミュニケーション能力の向上で集団が大きくなり、大きな集団を維持するため定住と農耕が進み4千年くらい前に農耕に適した地域でゾロアスター教を初めにヒンズー教、仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などさまざまな教義宗教が興される。
教義的宗教では苦痛、禁欲、犠牲を強いる。時には神の怒りを治めるために人が生贄にされることもある。自分勝手な悪行をしていると神罰が当たるとか地獄に落ちるとか大衆に恐怖を与え善行を積めば来世の安住を約束するという飴と鞭で集団の結束を固めてきた。
それぞれの宗教は組織が大きくなるにつれて結束力が弱まり教義の解釈が分かれ分裂を繰り返している。キリスト教は大きくはカトリック、プロテスタント、東方教会に仏教は上座部仏教、大乗仏教、チベット密教にイスラム教はスンニ派、シーア派またそれぞれ大きく分かれた宗派がされに新しい宗派を作ってきた。日本に渡った仏教に関していえば真言宗、浄土真宗、日蓮宗・・・古い宗教の核のまわりに新しい層が加わりながら進化し今も新興宗教が新たに出現している。
宗教は目に見えない超自然的な神の存在を信ずることである。それは、メンタライジング能力に優れた人間だからこそできることであり人間に深く根差した特性である。宗教の中身は変わっても宗教から離れることはできない。
(ここから個人的な感想)
キリスト教やイスラム教が巨大な教義宗教になったのは、イエスが神の子だとかやムハンマドが神の預言者という噂話を信じる仕組を作った弟子の巧妙な戦略と運があったからかな?
原始仏教も釈迦の教えを核に、何百年もかけて新しい教義を付け加えながら拡大してきた。
うわさ話で人間関係の情報収集に夢中になる人間のメンタライジング機能は脳負荷の高い作業。人間関係を思い煩いながらも、集団に帰属していくことに幸福を感じて生きる現実を改めて認識するのであります。
多くの宗教が世界平和を謳いながら、血で血を洗う宗教同士の争いが絶えない。結局、自分の属する適度な大きさのグループを守るため結束するということなんでしょうね。
宗教という奥の深いものを科学的に分析した本で読みごたえはあったが正しく理解できたかと言われるとちょっと自身がない。もう一回読みなおそう・・・