頭がいいということはどういうことか

著者:毛内 拡(もうない・ひろむ):お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、マウスの脳活動にヒントを得て、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を目指している。

ヒトの脳に関するトリビア(雑学知識)的な本であり面白い

 頭がいいということは人によって思いが違うと思うが、数値で客観的に出るIQ(知能指数)とEQ(心の知能指数)が高いというだけでなく感覚や運動能力、アート、創造性、他者の気持ちが理解できる総合能力で答えがないことに答えを出す知性と、答えがあることに素早く答えを出す知能に優れている人が頭がいいということになるようだ。

 ギフテッドと呼ばれるIQ130以上の抽象的複雑な問題を理解し解決する能力と独自なの視点を持ち他人と異なるアプローチで解決したり新しい発見斬新なアイデアを生み出す能力に優れている人達がいる。凡人と考えが大きく異なることから孤立感やストレスで生きづらい人が多いらしい。

 やっぱり普通が生きやすいと考えるといいことばかりではないので、ほどほどに頭がいいのがベストと思うが、これにしても遺伝の力が大きいので自分の力ではままならない。

 この本の著者は、未来予測が困難な現代で物事に粘り強く取り組みくじけない脳の持久力が高いこと柔軟性・コミュ力・創造性・広い視野・クリティカルシンキング・自己学習能力・リーダーシップ・感情知性に優れた能力を持つ頭がいいと定義しているようだ。

脳はうまくできているなと感心するばかりである

 頭のよしあしを判断するには、頭のシステムを理解しなくてはならない。測定技術の進歩でいろいろなことが分かってきている。

 脳では、感覚器(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・固有感覚(筋肉・関節の動き、傾き、回転、胸キュンキュンなど))からの様々な電気信号は視床にある感覚ゲートで変化量が多いものがふるいにかけられ意識下と無意識化に送られる(ボトムアップ)そしてトップダウンで大脳皮質から送られてくる予測モデルと合成され脳内に仮想現実として表現される。大谷選手がホームランを打てるのもボールが来るコースと速さを予測する能力と自分の体の動きを予測する能力がずば抜けて優れているからである。

 網膜に映る映像は2次元だが左右の目から入る画像で立体的に見える仮想現実を合成している。網膜の中央には画像が映らない盲点があるし、周辺視野の視力は0.1そして色が判別できる場所は中央の黄斑だけなのだが、大脳皮質からトップダウンで経験や記憶から作られる予測モデルと10~15秒の平均化した映像を合成し立体的で色彩のある仮想現実を大脳視覚野で再合成している。だからブレずに色彩豊かなきれいな映像として認知される。同じものを見ていても脳の数だけ違って見えているらしい。

 同じようなことが、音楽や味覚にも言えていて、音痴とか味覚音痴も耳や舌の優劣ではなく脳の仮想現実処理能力によるものなのである。脳の予測と感覚器の実測値を照合して知覚を作り上げている。予測がなければ知覚ができない。感覚が研ぎ澄まされた極限の集中状態では感覚器と脳予測が完全に一致した状態になる。

 さらに、この仮想現実は海馬で短期記憶され左脳で言語化することにより記憶されやすくなり記憶の固着がおこり長期記憶となって大脳皮質の意識下にエピソード記憶、意味記憶として特定の神経の活性化パターンとして保存される。

 言語化できない知覚はなんとなくといった非陳述記憶の直感のような感じで無意識化に保存され、運動など体が記憶するものは手続き記憶として小脳に記憶される。

 海馬は短期記憶と空間記憶の重要な場所でアルツハイマーとか老化で衰えると物忘れが多くなり方向感覚がなくなり家に帰れなくなる。

 記憶と記録は違う。記憶は感覚器から得られた仮想現実を分解し部品化し、記憶として思い出すたびに一から部品を組み立てなおす脳の創作物であり正確ではない記憶から予測モデルを作っている。

 だから正確な記録ではなく記憶を変えることもできるし、思い込みという認知バイアスが生まれる。

 私が私なのはエピソード記憶が一貫しているからなのである。

 こうした部品の文脈から確からしい言葉を選び文章を作ることは大規模言語生成モデルのchatGPTと同じ仕組みであるというか脳の仕組みを真似したのが人工知能なのである。

 見るものが同じでも見え方が全て違うし、見えたものを左脳は言語化し意識は都合よく解釈したがる。ヒトはそれぞれの意識を持ち私たちは本質的に分かり合えない。こんな私たちがどうにか社会を形成しているのは社会的推論で導かれた暗黙の常識や暗黙の了解と非陳述的ななんとなくという記憶があるからである。

 また、著者は人生経験や特徴を抽出し一般化・概念化する能力を「知恵袋記憶」と呼びアーティストは外在化して表現している。

 これらの能力が課題を発見し仮説をたてて解決法を見いだすことにつながる。

 複雑な処理をする脳は神経細胞から伸びる数千から数万の樹状突起同士のシナプス接合部でのアドレナリン、ドーパミン、オキシトシンなどからなる数百種類の化学的伝達物質の化学反応による神経細胞の発火である。それぞれは発火するか発火しないかだけだが発火の場所と量で動作が変わってくるし頻繁に発火するシナプスは反応が強くなり伝達効率も変化するシナプス可塑性がある。

 これら神経細胞のコミュニケーションがうまく働いている脳が頭がいい状態なのだが、神経細胞が多ければ良いというわけでなく少ない細胞で理路整然と最適化された脳が優秀なのである。

 生まれてから爆発的に増える脳細胞は18歳くらいまでの感受性期に無駄な細胞は刈り込まれていく。無駄な細胞が残っているとエラーが起こりやすくなる。パソコンのプログラムと同じだ。刈り込む作業は経験を積むことにより最適化される。発達期に能動的に動いて試行錯誤を重ね失敗をすることが必要なのである。子供に失敗をさせないようにするのは頭の悪い子を作る手助けをすることになる。物事を抽象化し推論能力を高め言語化能力を高めるためには語彙力を高めなければならない。本を読む子はこれら能力が高まることが期待される。

 脳は体重の2~3%ぐらいの重さなのだが、エネルギーは基礎代謝の20%を消費している。眠っている時もフル稼働している。脳細胞の90%使われていないとも言われているが実際は100%使われているらしい。そのエネルギーは発火させることよりも元に戻すことに多くのエネルギーが使われている。

神経細胞という主役よりもメンテナンスする細胞の方が大事

 それだけ脳を酷使して神経細胞を働かせているのだが、この神経細胞には直接血管がコンタクトしていない。神経細胞に栄養を送ったり老廃物を除去したり不要な脳細胞を取り除いたりとメインテナンスをしているのがグリア細胞、ミクログリア細胞、アストロサイトで頭のよい人はこの脳をメインテナンスをする細胞が多いらしい。アインシュタインの脳は通常の倍あったそうである。

 ヒトのアストロサイト細胞をマウスに移植すると学習能力が2.5倍になったそうである。アストロサイトが減ると脳の老廃物除去が減りアミロイドβたんぱくなどの老廃物が蓄積しアルツハイマーになってしまう。脳に毒物が入らないよう血液脳関門というフィルターを作っているのもアストロサイトで細胞の突起が神経細胞に巻き付いてガードしている。

 IQの高い人は脳がスカスカでグリア細胞が多く、最適化されたネットワークでメインテナンスが行き届いているのに比べIQの低い人は神経細胞の密度が高くグリア細胞のメインテナンスが行き届かずネットワークも最適化されていない。

 これらグリア細胞が活性化するのは脳が低血糖、低酸素、低血圧、強い情動、不確実なことに対応するなどピンチに陥ったときで、たまには新奇体験や非日常体験し思いがけない高揚感に浸るといいらしい。たまには知らない町で迷子になるのもいいかもしれない。

 長年飢餓に苦しんできたヒトは、多くのエネルギーを必要とする脳を省エネモードで運転することに進化してきた。ピンチにならないと頭を使わないのである。ピンチは脳トレになると言ってもピンチにはなりたくない。新しい情報、未知の体験、非日常感で脳トレして頭をよくしたいものである。

ついでに本とは関係ないが・・・

IQの分布を見てみると90-109が50%、110-119が16%、120-129が7%、130以上が2%くらいとなっている。私の中学校の同級生が160人位いたから110以上が25%で40人位いることになる。東大生のの平均IQが110位だから40人位東大に行ってもいいはずなのにそうはならないのはIQが高いからといって東大にいけるわけでは無いようだ。

分野別の分布を見るとエンジニア、コンピュータ関係がやや高い傾向にある。論理と数学的思考が得意な人がIQテストで高得点を取りやすそうだ。文系はIQテストがやや低い傾向にありそう。逆にEQテストは逆転しそうな気がする。

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