納骨

 まだ紅葉には少し早い令和6年11月、母の納骨に京都へ行ってきた。

 浄土真宗大谷派本山の東本願は京都駅から徒歩で行ける距離、駅前バス停には観光客が列をなして並んでいる。

 googleMapを頼りに歩くが、大きな建物なのであれかなという感じで京都の町を歩く、さすがに外国人が多い。

 父の納骨にも20年以上前に来ているが、こんなに大きかったかなという感じで阿弥陀堂と御影堂を見上げた。

御影堂門もご立派、待ち合わせ場所の参拝接待所で案内を待っている間に、納骨オプションのお斎の精進料理のサンプルを見てこれで4,000円か・・・儀式のための会場費とか僧侶の法話もあるかもしれないので適正価格なのかな。

お斎/お斎(おとき)とは、葬儀・法事の後に行われる食事会のことです。斎場やお寺で行う場合は3,000~8,000円程度が相場

須弥壇収骨

 納骨の前に視聴覚ホールで僧侶の法話を聞いてから御影堂に移動、法話は人は3度死ぬ、一つ目は生物としての死、2つ目は生前付き合いのあった人の記憶から薄れていくこと、3つ目は完全に生きていたことの証拠が消えること。

 歴史に残る人物はずーと生きていることになる。

 なんか、生きていた爪痕でも残してやろうと思うがほとんどの人が時が経てば忘れ去られてしまいます。

 父、母から自分が生まれて、その父母も爺、婆から生まれてと2×2×・・・と2^nの先祖がいるわけで10代前までさかのぼると2^10で1,024人もご先祖さまがいらっしゃるわけですが、記録に残った先祖などおりませんなあ。

 人間の一生なんて長い目で見れば儚いもんです。

 地下2階のホールで法話を聞いた後、御影堂に移動し、御真影を安置する壇の裏にまわり須弥壇に置かれた納骨の木箱に合掌してから御影の前に移動、和ろうそくが灯され、3人の僧侶が読経する中ご焼香させていただき、無事納骨が終わった。

須弥壇

真宗大谷派本山、真宗本廟(東本願寺)の須弥壇(親鸞の御真影を安置する壇)の床下に分骨するものを「真宗本廟収骨」という。2009年までは須弥壇収骨と称した。本山に対してある特定以上の功績があった人に、その御礼の意味で「須弥壇収骨証」が下附される。現在では、相続講志12万円以上納付の講員に対して「真宗本廟収骨証」が下附。

渉成園

東本願寺のそばに直営の庭園がきれいだということで、見に行く。

 寛永十八年(1641)には徳川家光から東本願寺の東側の土地を寄進され、当寺の飛地境内となった土地に、宣如が承応二年(1653)から一乗寺の詩仙堂を創建した石川丈山らの文化人を招いて池泉回遊式庭園を作庭。

 安政五年(1858)の火災、元治元年(1864)の禁門の変(蛤御門の変)などで度々被害を受けて焼失しており、現存する建築物はすべて明治時代以降の再建。

 入園料は700円、パンフレットよく見ると入園は500円以上の寄付をという案内があったから、入園料というわけではなく寄付で領収書もでないのかな・・宗教法人直営だからかな?

 2階建ての茶室が面白い。

 ドイツ人のカップルが結婚式で花嫁姿で歩いていたので、許可を得て記念に写真を撮らせてもらった。

 外国人は禿げていても、かっこいいなあ!

今回納骨式に参加した8人で昼食をとさがしてみるが、たくさん座れてリーズナブルな餃子の王将で食べて解散。

せっかく京都まで来たのだからと京都鉄道博物館を見に行きました。

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