犬の甲状腺機能低下症
犬が高齢になってくると、発症しやすい3大内分泌疾患(甲状腺機能低下症、糖尿病、クッシング病)の一つです。
動物病院に来る飼い主さんは、元気がないとか、毛が生えてこないとか、肥ってきたとか、皮膚病が治らないとかで来院される方が多いです。食欲もあるし、肥ってきて、動かないのは歳のせいかなとそれほど気にしない飼い主さんも多いと思いますが、外耳炎などの皮膚病が治りにくい素因にもなりますので簡易診断シートでチェックして疑わしい場合は、甲状腺ホルモンの検査をして診断が確定し甲状腺ホルモンの内服治療すると、毛が生えて元気が出ます。
簡易診断表
甲状腺機能低下症の自己診断テストをやってみてはいかがでしょう
診断スコアが10点以上の場合は検査をした方がいいかもしれません。
これらの症状があっても、ただの肥満とか高齢だからと見逃されることが多いですが・・・
気になる方にもう少し詳しく説明させていただきます。
甲状腺ホルモンの働き
甲状腺ホルモンは、首の気管に蝶ネクタイのような感じで張り付いている甲状腺という分泌腺で生産され血液中に分泌されタンパク質と結合したヨウ素4個を持つT4と結合していない遊離 T4 そしてヨウ素3個をもつ T3として全身に供給されますが、細胞に取り込まれるのは遊離 T4と T3で細胞内の受容体受容体受容体と結合し細胞を活性化するのはT3です。
総甲状腺ホルモン(TT4)はT3の供給源として血液中で待機していて、必要な時に特定の臓器に取り込まれ細胞内に取り込まれレセプターと結合して細胞の新陳代謝を盛んにし、脂肪や糖分を燃やしてエネルギーをつくり出します。
図)臨床サポート講習会/内分泌疾患編 左向敏紀
TT4が不足してくるとフィードバックシステムが働いて甲状腺刺激ホルモンが脳下垂体から分泌され甲状腺が生産しようとするのですが、甲状腺炎などで機能が低下していると生産することができずホルモン不足になり細胞の新陳代謝が低下し次の症状がでてきます。
- 代謝障害: 無気力、不活発、肥満、虚弱、寒がる、
- 蛋白質代謝: 蛋白異化、骨格筋萎縮
- 循環器系: 徐脈
- 消化器系: 下痢、便秘
- 免疫系: 再発性感染症(慢性皮膚炎、外耳炎)
- 神経筋系: 巨大食道症(甲状腺の治療で改善することがある)
- 皮膚の変化: 脱毛(両側性左右対称性脱毛)、乾燥、被毛失沢、色素沈着、脂漏症、面疱の形成
- 血液:
- 貧血(軽度の再生不良性貧血一エリスロポイエチンの産生低下
- 高脂血症(脂質代謝異常)
- .CK,LDH,ASTの上昇(筋肉障害)
血液検査による診断
体温や水分、血糖値、心臓の動き、など様々な体の働きを自律的に調整する機能をホメオスタシスといいます。体にはたくさんのセンサーがあり、過剰になれば下がるように働く物質を出すように促し、足りなければ作るように促す物質をだして調節することをフィードバックシステムと言います。
甲状腺ホルモンに関係する血液中の物質は、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、TT4,f T4,T3,坑甲状腺抗体があります。
フィードバックシステムがうまく働いていない原因を考えると
- 甲状腺ホルモンを作る細胞が働いていない。(原発性甲状腺機能低下症)(95%)
- 自己免疫性甲状腺炎(50%)
- 特発性甲状腺萎縮
- ホルモンを作れと指令するホルモンが出ていない(二次性甲状腺機能低下症)
- 下垂体機能不全
原因がなんであれ、甲状腺機能低下症が疑われ、総コレステロールが高く貧血傾向があれば、まずはTT4を調べて不足しているか検査します。
犬の場合正常値は 0.9 〜 4.4 μg/dl
ただし、非甲状腺疾患や薬物(ステロイド、抗てんかん薬、サルファ剤など)の影響、抗甲状腺抗体で測定値が高めになることがあるので、おかしいなと思ったら休薬して再検査や影響を受けにくいfT4の検査も考えましょう。
次に、甲状腺刺激ホルモンを測定します。
甲状腺ホルモンが低下して、フィードバックシステムが正常に働いていれば甲状腺刺激ホルモン(TSH)がたくさん出ているはずです。
正常範囲 0.02 〜 0.32ng/dl
TSHが多く出ていて、T4が少なければ、甲状腺が原因の原発性甲状腺機能低下症と診断されます。
抗甲状腺ホルモン抗体TgAAを測定して
- 抗体陽性なら、リンパ球性甲状腺炎による原発性甲状腺機能低下症
- 抗体陰性なら、特発性甲状腺萎縮による原発性甲状腺機能低下症
と診断されますが、原因は違っても原因の治療はないので治療は不足する甲状腺ホルモンの内服となります。抗甲状腺ホルモン抗体検査をされる方は少ないようです。
原因の大半が遺伝的素質で、自己抗体で慢性甲状腺炎を起こし機能不全になるようで、好発犬種としてはグレートデン、オールドイングリッシュシープドッグ、ドーベルマン、ダックスフント、アイリッシュセッター、ミニチュアシュナウザー、ゴールデンレトリバー、ボクサー、コッカスパニエル、エアデールテリアと言われています。
治療
治療は、不足する甲状腺ホルモンT4(合成レボサイロキシンナトリウム)の補充になります。
チラージンS錠剤を1日2回経口投与、または動物用「レペンタ」(液状)を1日1回投与となります。
成分は同じですが、用法・用量が違っています。液体の方が吸収が良いようです。
犬の腸管におけるレボチロキシンナトリウムの吸収は10~50%で吸収率が低い(人では60~80%)
投薬量
原発性
- 通常:20μグラム/kg/day
- 大型犬:7μグラム/kg 1日2回 (14μグラム/kg/day)
他の疾患を疑う
- 1日2回2~5μグラム/kg(低容量)開始
クッシングの併発はクッシングの治療を優先
20μグラム/kg1日2回以上の必要治療中は少量から
治療を開始したら
投薬を開始したら、薬の効果と副作用を確認しながら投薬量を調節していくことになります。診断が正しければ、少し元気が出てきた、毛が生えてきた、体重が減ってきたなど徐々に治療効果が現れてきます。
しかしながら、効果が現れない場合、そもそも診断が違っていたとか、個体によって薬の吸収量も差があるので量が足りなかったとか、逆に効果が出たが副作用も出たということありますので、投薬開始後1ヶ月ほどしたらTT4、貧血、コレステロールなどを血液検査をして確認します。
TT4は、投与後4〜6時間で血中濃度がピークになるのと食事の影響で中性脂肪などが上昇するので朝ごはん抜いて、朝投薬して昼頃採血すると良いでしょう。
副作用としては、
- 落ち着かない、夜の不眠、神経過敏
- 下痢(腸の動きが活発になる)、体重減少、脱力感、皮膚潮紅、
- 発疹、肝機能障害、多飲、フケ、嘔吐
- 心悸亢進、振戦、頭痛、
副作用が認められたら、減薬または休薬をします。
臨床症状の改善があって
- TT4が1.5〜6.0 なら 現状維持
- TT4が6.0< なら 減量または1日1回投与に変更
- TT4が1.5以下の場合
- TSHが0.6以上なら増量(不足がフィードバックされている)
- 0.6以下なら現状維持
臨床症状が改善しなくて
- T T4が基準値以内で投与方法が1日1回なら投与直前の血液検査で最低血中濃度を測定
- 基準値より低い場合は血中濃度の持続が短い場合があるので、1日2回に変更する
- TT4が1.5〜6.0 で
- TSHが
- 0.6以上なら増量
- 0.6以下なら現状維持
- TSHが
- T T4が6.0以上で
- TSHが
- 0.6以上なら減量
- 0.6以下なら診断再考
- TSHが
診断再考
TT4は、様々な非甲状腺疾患や薬物の影響を受けて低下することがあるので血中濃度が基準値内に補正されてフィードバック機能が働いていない時は類症鑑別疾患を検討する必要があります。
さまざまな症状が出るので、現在の主訴例えば痒みのない左右対称性の薄毛なら
- 副腎皮質機能亢進症、アロペシアX(脱毛症X)
動きが鈍いのなら
- 脳神経や骨格筋の異常
など、合併症ということもありますから主な症状ごとに検査して除外して原因を絞っていくという手順になります。
まとめ
犬も高齢になってくると、肥満になったり、動きが鈍くなったり、毛艶が悪く薄くなったり、皮膚の艶がなくなったりが増えてきますが歳のせいかなと見過ごされがちです。
こんな病気もあるので検査されたらどうでしょうと提案しても検査費用とかがネックとなってそのままになることも多いのですが、昔は疑われた場合とりあえず甲状腺機能低下症と仮診断して甲状腺ホルモン内服で症状が改善したらやっぱり甲状腺機能低下症でしたねで済むこともありました。
診断的治療と言うのですが、検査してTT4がギリギリ基準値内の場合やはり診断的治療を行いたくなります。
最終的に、検査するのもしないのも、治療するのもしないのも飼い主次第ですので、適切なインフォームドコンセントを提供するのが大事なのかなと思います。
獣医師も人によって得意な分野不得意な分野があり、考え方のバイアスも様々ですが自分なりに知識のアップデートに努めなければと思うのです。
でも、年を取ると気力・体力・知力が衰えてままならないんですねえ。